グレッグ・イーガン::キューティ
- ぼくは”女の子”を選択した.ずっと娘がほしいと思っていたからだが,キューティは性別による大きな差が生じるほど長生きはしない.四歳になったとたん,不意に,静かに,死ぬのだ.その小さな命の死は,とても痛ましく,とてもつらく,とてもカタルシスを感じさせる.四歳の誕生日のパーティ衣装を着せたまま,サテンで内張した棺に横たえ,キューティの天国へ転送される前に最期のおやすみのキスをしてやる……
- キューティは人間の生殖細胞から作りだされたものだが,受精以前に大幅な DNA 操作がおこなわれている.赤血球の血球壁を作るのに使われる蛋白質のひとつをコードしている遺伝子を改変され,さらに,ある年齢に達したとたん,その改変された蛋白質をばらばらに分解する酵素を分泌するよう,松果体と副腎と甲状腺に変更を加えられたことで,キューティは絶対確実に幼くして死ぬ
- ぼくはある意味では,ほんの一瞬も自分をだましてはいなかった.すでに死んだ十万体と同じに,時がいたればエンジェルは死ぬのだと,ぼくははっきりとわかっていた.そのことをうけいれる道がひとつしかないのも,わかっていた.二重思考だ.エンジェルの死を予期しながら,じっさいにはそんなことは絶対に起きるわけがないというふりをすること.ほんものの人間の子どもを相手にするのとまったく同じようにエンジェルと接しながら,そのあいだじゅうずっと,かわいらしいペットを相手にしているだけなんだと思うこと.相手は猿や,子犬や,金魚と同じだと
- ぼくは,猫を買ってくればよかったのだ.この建物では猫を飼うのは禁止されているが,ともかく,猫を買ってくるべきだった.猫を飼っている知り合いはいるし,ぼくも猫は好きだし,猫は立派な個性や人格といえそうなものをもっているし,猫が一匹いれば,ぼくが世話し,愛情を注げる相手になって,しかもぼくの脅迫観念を煽ることもなかっただろう.もし,ぼくが猫にベビー服を着せ,哺乳瓶からミルクを飲ませようとしがら,猫はぼくをめちゃくちゃにひっかいてから,軽蔑をこめたきつい目でにらみつけて,ぼくの威厳をかたなしにしてくれるだろうから
- もし,エンジェルがひとことも言葉を発していなかったら,もしかしてそのときぼくは,エンジェルの死がそれほど悲劇的なものではないと,自分に信じこませようとしたのではなかろうか?
うしおととら
- オレは母ちゃんなんてしらないし…別にどーでもいいって思ってた…でも……違うんだよ……違うんだよ!たとえオレがガキでも本当のコトはちゃんと受けとめなきゃなんないんだよ!どんなひでーコトでも,家族のコトは受けとめてねじふせて生きていかなくちゃなんない.本当のコト教えてくれオヤジ!オレを都合のいいウソにくるまってるヒキョー者にしないでくれよっ
納棺夫日記
- 人の心なんて,他愛ないものである.人を恨み,社会を恨み,自分の不遇を恨み,すべてが他者の所為だと思っていた人間が,己をまるごと認めてくれるものがこの世にあると分かっただけで生きていける
- 社会通念を変えたければ,自分の心を変えればいいのだ.心が変われば,行動が変わる
- 嫌な仕事だが金になるから,という発想が原点であるかぎり,どのような仕事であれ世間から軽蔑され続けるであろう
- 蛆を掃き集めているうちに,一匹一匹の蛆が鮮明に見えてきた.そして,蛆たちが捕まるまいと必死に逃げているのに気づいた.柱をよじ登って逃げようとしているのまでいる.蛆も生命なのだ.そう思うと蛆たちが光って見えた
- 毎日毎日,死者ばかり見ていると,死者は静かで美しく見えてくる.それに反して,死を恐れ,恐る恐る覗き込む生者たちの醜悪さばかりが気になるようになってきた.驚き,恐れ,悲しみ,憂い,怒り,などが錯綜するどろどろとした生者の視線が,湯灌をしていると背中に感じられるのである
- 数週間で死んでしまう小さなトンボが,何億年も前から一列に卵を連ねて,いのちを続けている.そう思うと,ぽろぽろと涙が出て止まらなかった
- この光に出会うと不思議な現象が起きる.まず生への執着がなくなり,同時に死への恐怖もなくなり,安らかな清らかな気持ちになり,すべてを許す心になり,あらゆるものへの感謝の気持ちがあふれ出る状態となる.この光に出会うと,おのずからそうなるのである
夏目漱石
- 私は酔狂でむずかしい事を書くのではありません.むずかしい事が活きた兄さんの一部分なのだから仕方がないのです.二つを引き離すと血や肉から出来た兄さんも亦存在しなくなるのです[行人]
- どんな人の所へ行こうと,嫁に行けば,女は夫のために邪になるのだ.そういう僕が既に僕の妻をどの位悪くしたか分からない.自分が悪くした妻から,幸福を求めるのは押しが強すぎるじゃないか.幸福は嫁に行って天真を損なわれた女からは要求出来るものじゃないよ[行人]
- 私はこうして一所にいる間,出来るだけ兄さんの為にこの雲を払おうとしています.貴方方も兄さんから暖かな光を望む前に,まず兄さんの頭を取り巻いている雲を散らして上げたら良いでしょう.もしそれが散らせないなら,家族のあなたが方には悲しいことが出来るかも知れません[行人]
そして明日の世界より
- お友達に名前を呼んでもらうのは気分がいいです
- 今日御波がした事といえば学園へ忘れ物を取りに行く事と散歩に出た事くらい。それがどれだけ寂しい事なのかがようやく俺にも解ってきていた
- 誰もが必死に手を伸ばし、何かを求め、しかしそれになかなか手が届かない。けれど求めるものは常に存在していると確信できていた。だけどそれもこれで終わる。平凡で優しい日々は今ここで終わるのだ。世界は残酷だ
- ただ……それでも、考えてしまうことはあるんだ。悪いことだと解ってはいてもさ
- 死ぬのが怖かったんじゃない。親としてなにも出来ない自分が悲しかったんだ
黒博物館 スプリンガルド
- 標本だろうが写真だろうが、そこに「最高」は留められない。人間にとっての「最高」ってヤツは「変わっていく」ってコトだろうからな
太宰治
- 私は確信したい。人間は恋と革命のために生まれてきたのだ [斜陽 / かず子]
- なんにも、いいことがねえじゃねえか。僕たちには、なんにもいいことがねえじゃねえか [斜陽 / 直治]
- 幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。悲しみの限りを通り過ぎて、不思議な薄明りの気持、あれが幸福感というものならば、陛下も、お母さまも、それから私も、たしかに今、幸福なのである [斜陽]
- 世間は、わからない。私には、わからない。わかっている人なんか、ないんじゃないの?いつまで経っても、みんな子供です。なんにも、わかってやしないのです [斜陽]
- ほんとうに,言葉は短いほどよい.それだけで,信じさせることができるならば[晩年/葉]
- 安楽なくらしをしているときは,絶望の詩を作り,ひしがれたくらしをしているときは,生のよろこびを書きつづる[晩年/葉]
機動戦士ガンダム 0080 ポケットの中の戦争
- 怖いでしょうねぇ…でも,怖いのには耐えられるけど,ひとりぼっちになるのは耐えられないから.お母さんやお父さんやアル,それに友達.あたしの大切な人がみんな死んじゃって,あたしだけが生きてるってこと.自分だけ逃げても,一人じゃ生きていけないもの,あたし
- あたしが戦うとすれば,結局は自分のためよ.自分がひとりぼっちになるのが怖いから,戦うんだと思うの.でも,それはあたしの生き方.逃げることもその人の生き方.どっちが正しいとか間違ってるとか,誰にも決められないことなのよ.戦えばそのために人が死ぬわ…でも戦わなくても死んでいく.正しいことなんてどこにもない…自分にできることを,するしかないんだわ
- アル…オレは多分死ぬだろうな…そのことで,連邦軍の兵士やガンダムのパイロットを恨んだりしないでくれ.彼等だって,オレと同じで…自分のやるべきだと思ったことをやってるだけなんだ.ムリかも知れないけど,他人を恨んだり…自分の事を責めたりしないでくれ…これはオレの…最後の頼みだ
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